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福岡地方裁判所小倉支部 昭和53年(ワ)282号 判決

原告

日本国有鉄道

被告

南国交通有限会社

ほか一名

主文

被告南国交通有限会社は原告に対し一、〇二四万五、四五五円及びこれに対する昭和五三年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告椎葉良雄は原告に対し一、〇二四万五、四五五円及びこれに対する昭和五三年六月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

本判決は原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告らは原告に対し各自一、五〇八万五、五一四円及びこれに対する訴状送達の日(被告南国交通有限会社については昭和五三年四月一三日、被告椎葉良雄については昭和五三年六月六日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告椎葉良雄は被告南国交通有限会社の従業員であるが、昭和四九年一一月三〇日午後八時四五分ころ普通乗用自動車(北九州五五あ五五二二〇号)を運転し、北九州市小倉北区中津口一丁目一〇番四三号先道路上を浅香通り方面から国道三号線方面に向け進行中、自車進路前方を右方から左方へ横断中の訴外高田昇に自車を衝突させ、よつて同訴外人に対し脳挫傷、急性硬膜下出血、骨盤骨折等の傷害を負わせた。

2  被告会社は被告椎葉運転の前記自動車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、被告椎葉は前方注視義務を怠つたために本件事故を惹起させたものであるから民法七〇九条により、不真正連帯して訴外高田が本件事故により受けた損害を賠償する責任がある。

3  訴外高田は前記傷害の治療のため昭和四九年一一月三〇日から昭和五〇年四月三日まで九州労災病院に入院し、その間開頭術等の手術を受けたが、術後二〇日間意識障害が続き、昭和五〇年一月ころまで時間、場所、人物等についての識別能力の障害が顕著であつた。退院後昭和五〇年五月三一日まで同院に通院し、その後昭和五二年七月一七日まで自宅療養をしていたが、回復が思わしくないので、同年七月一八日から同年一一月三〇日までリハビリテーシヨンのため門司鉄道病院に入院した。しかし、なお左眼球運動障害及びこれに伴う複視症状等労働基準法施行規則別表第二に定める障害等級一二級相当の後遺障害を残している。

4  訴外高田は原告の職員であるところ、本件事故は同訴外人が原告の業務に従事中に発生したものであるから、原告は同訴外人の受傷を業務上の災害としたうえ、日本国有鉄道業務災害補償就業規則等に基づき、次のとおり原告が右受傷により蒙つた損害の補償をし、その結果訴外高田が被告らに対して有する同額の損害賠償請求権を民法四二二条の類推適用により代位取得した。

(一) 治療費等 二一一万九、一五二円

原告は、訴外高田の前記九州労災病院での治療費一七三万五、八六二円、前記門司鉄道病院での治療費三七万三、二九〇円、診断書作成料その他の費用一万円合計二一一万九、一五二円を支払つた。

(二) 休業補償 一一四四万四、八四二円

訴外高田は前記傷害の治療、後遺症のため、昭和四九年一二月一日から昭和五三年一月三一日まで休業を余儀なくされ、その間給与の支払を受けることができなかつたので、原告は訴外高田に対し休業補償として給与等相当額合計一、一四四万四、八四二円を支払つた。

(三) 後遺障害補償 一四九万一、五二〇円

訴外高田は前記のとおり労基法施行規則別表第二に定める第一二級相当の後遺症を残しているので、原告はこれに対する補償として一四九万一、五二〇円を支払つた。

5  原告は訴外高田に対し原告の「救護及び見舞金等贈与基準規程」に基づき重度障害見舞金三万円を贈与した。

被告椎葉は前記過失により原告の被用者である訴外高田を負傷させ、その結果原告に右支出を余儀なくさせたものであるから、民法七〇九条に基づき、また、本件事故は被告椎葉が被告会社の業務執行中に惹起させたものであるから、被告会社は民法七一五条に基づき、原告に対し右損害を賠償する責任がある。

6  よつて、原告は被告ら各自に対し右損害金合計一、五〇八万五、五一四円及びこれに対する弁済期後であること明らかな訴状送達の日(被告会社については昭和五三年四月一三日被告椎葉については同年六月六日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中原告の傷害の内容は知らない。その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実のうち、訴外高田が原告の職員であることは認めるが、その余は知らない。

原告主張の休業補償がされたとしても、その額は総支給額から所得税のその他を控除した金額によるべきである。

5  同5の事実は争う。

三  抗弁

訴外高田は、本件事故現場より浅香通り方向約三八・五メートル先路上に横断歩道があるにもかかわらず、横断歩道のない右事故現場で横断し、しかも、横断する際に左右の安全を確認することを怠つたため被告椎葉運転の前記自動車と衝突したものであつて、原告にも過失がある。しかして、被告椎葉と訴外高田との過失割合は七対三とみるのが相当であり、原告が取得する損害賠償請求金額は右割合による過失相殺をして減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

本件事故現場より約三八・五メートル先路上に横断歩道があつたが、訴外高田がこれを使用しなかつたことは認めるが、その余は争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  被告椎葉が原告主張の日時普通乗用自動車を運転し、その主張の道路上を浅香通り方面から国道三号線方面に向け進行中、進路前方を右方から左方へ横断中の訴外高田に自車を衝突させ、同訴外人に対し傷害を負わせたことは、当事者間に争いがない。また、成立に争いがない乙第四ないし第六号証、第八、九号証、証人天野月子、同高田昇の各証言によると、被告椎葉は当時タクシー運転の業務に従事し、事故現場付近を時速約四〇キロメートルで進行中であつたが、左側歩道に二人の客らしい歩行者を見つけたため、そちらに視線を向けて運転していたこと、しかし客でないことが判明して再び進行方向に向直つたとき約七・五メートル先に横断中の訴外高田を発見したのでブレーキを踏んだが間に合わず、自車左前照灯上部を訴外高田に衝突させたものであること、本件事故現場に横断歩道はなく、それより浅香通り方向約三八・五メートル先路上には横断歩道があること(このことは当事者間に争いがない。)、なお、訴外高田は当時付近の店で飲酒のうえ横断中であつたことが認められ、右事実に徴すれば、本件事故は被告がわき見運転をし、前方注視義務を怠つて運転したために生じたものと認めるのが相当である。被告会社が被告椎葉運転の前記自動車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであることは、当事者間に争いがない。

したがつて、被告会社は自賠法三条により、被告椎葉は民法七〇九条により不真を連帯して訴外椎葉の本件事故による損害を賠償する責任がある。

二  成立に争いがない甲第二ないし第三号証、第一一号証、証人高田昇、同田中明仁の各証言によると、訴外高田は、本件事故により脳挫傷、急性硬膜下出血、骨盤骨折等の傷害を負つたこと、同訴外人はその治療のため昭和四九年一一月三〇日から昭和五〇年四月三日まで九州労災病院に入院し、その間開頭術等所要の手術を受けたが、術後二〇日間意識障害が続き、昭和五〇年一月ころまでは時間 場所、人物等について識別能力の障害が顕著であつたこと、退院後昭和五〇年五月三一日まで同院に通院し、その後昭和五二年七月一七日まで自宅療養を続けたが、精神機能の回復が十分でないので同月一八日から昭和五二年一一月三〇日まで機能回復訓練のため門司鉄道病院に入院したこと、しかし、なお左眼球運動障害、これに伴う複視症状等少くとも労働基準法施行規則別表第二の障害等級一二級に相当する後遺障害を残していることが認められる。

三1  訴外高田が原告の職員であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第五ないし第七号証、第一七号証によれば、原告は職員が業務上負傷をした場合は、法令その他別に定のある場合の外、業務災害補償就業規則等に基づき業務災害補償として療養補償、休業補償、障害補償等の給付を行うものとしていること、訴外高田は原告の業務に従事中本件事故に遭遇したもので、原告の下関工事局長は原告の本件事故による負傷を業務上の負傷と認定したことが認められる。

2(一)  成立に争いがない甲第一〇、一一号証、証人坂本良作の証言により真正に成立したと認められる甲第一五号証の一、二、証人後藤治夫の証言により真正に成立したと認められる甲第一八号証の一ないし五、証人津田元法の証言により真正に成立したと認められる甲第一八号証の六ないし二五、証人坂本良作、同後藤治夫、同津田元法の各証言によれば、訴外高田は前記九州労災病院で一七三万五、八六二円相当の、前記門司鉄道病院で三七万三、二九〇円相当の各治療を受け、また診断書作成料その他として一万円の経費を右各病院に支払う必要を生じたこと、原告は前記就業規則の規定に基づき右治療費等合計二一一万九、一五二円を支払つたことが認められる。

(二)  前記二認定の事実に証人長本等の証言により真正に成立したと認められる甲第一二号証の一ないし五一、証人長本等、同高田昇の各証言を合わせると、訴外高田は本件事故による負傷のため昭和四九年一二月一日から昭和五三年一月三一日まで休業を余儀なくされ、その間給与及び賞与の支払を受けることができなかつたこと、原告は訴外高田に対し前記就業規則の規定に基づきあるいは同規定を類推適用して右休業期間中の給与及び賞与に相当する一、一〇二万五、六九三円の金員を休業補償として支払つたことが認められる。原告は訴外高田に対し昭和四九年一二月に支払つた期末手当四五万〇、三二〇円全部及び超過勤務手当四万三、八八二円を休業補償として支払つたものであると主張するかのようであるが、弁論の全趣旨によれば右期末手当は昭和四九年七月から同年一二月までの勤務に対応して支払われるものであることが認められるから、右手当のうち原告負傷時前の期間に対応する三七万五、二六七円は本来の賞与であつて休業補償に当たらず、また右超過勤務手当は同年一一月における超過勤務に対する手当であると推認されるから、これも休業補償に当たらないというべきである。

被告らは休業補償は訴外高田に対する総支給額から所得税等の法定控除分を除外した額によるべきであると主張するが、訴外高田が右休業により失つた給与等の額は右法定控除分を含む額であるといわなければならないから、右総支給額が休業補償額になるというべきである。したがつて、被告らの右主張は採用できない。

(三)  証人津田元法の証言により真正に成立したと認められる甲第一三、一四号証、証人岸田元法の証言によると、原告は訴外高田に対し前記就業規則の規定に基づき同訴外人の前認定の後遺障害に対する補償として障害補償一時金一四九万一、五二〇円を支払つたことが認められる。

3  原告は前記就業規則等の規定に基づき右各給付をなした結果、民法四二二条の類推適用により訴外高田が被告らに対して有する損害賠償請求権を右各給付により填補された訴外高田の損害額を限度として代位取得したというべきである。

ところで前記一で認定した本件事故の発生の状況に徴すれば、訴外高田においても至近距離に横断歩道があるにもかかわらずこれを利用せず、横断歩道のない本件事故現場で横断し、また、横断に際して左右の安全を十分に確認すべきであるのにこれを怠つた点において過失があつたといわなければならず、被告椎葉と訴外高田との過失割合は七対三とみるのが相当である。したがつて、原告が代位取得する損害賠償請求金額は、前記各給付により填補された訴外高田の損害金額一、四六三万六、三六五円につき右割合による過失相殺をして得られる金額一、〇二四万五、四五五円になるというべきである。

四  成立に争いがない甲第九号証、証人後藤治夫の証言により真正に成立したと認められる甲第八号証、証人後藤治夫の証言によると、原告は「援護及び見舞金等贈与基準規則」において職員等が業務上の重度障害(休業治療二一日をこえるものをいう。)を受けた場合には、その職員等に対して重度障害見舞金を贈与する旨定めている(同規程八条)ところ、訴外高田が本件事故により業務上の重度障害を受けたので、同訴外人に対し右規定に基づく重度障害見舞金として総裁名で二万円、下関工事局長名で一万円合計三万円を贈与したことが認められる。

ところで、原告は被告椎葉の訴外高田に対する前記加害行為のために右見舞金を支出せざるを得なかつたものといえるが、しかし、原告は右加害行為の直接の被害者でないことはいうまでもなく、右規程(甲第九号証)によれば、右見舞金は原告が使用者の立場で職員等の福祉増進、勤労意欲の向上をはかることを目的としてこれを贈与するものであることが明らかであつて、訴外高田の加害行為と右見舞金の支出との間に相当因果関係を認めることはできない。したがつて、原告の被告らに対する右見舞金相当額の損害賠償請求は理由がない。

五  以上によると、原告の本訴請求は被告ら各自に対し一〇二四万五、四五五円及びこれに対するその弁済期後であること明らかな訴状送達の日(被告会社については昭和五三年四月一三日、被告椎葉については昭和五三年六月六日)から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴外費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青柳馨)

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